Terroirすべての記録このサイトについて探している事例

歩けるようにする空き家・空き店舗・遊休不動産5万〜25万

1980年から土砂で封鎖されていた鉄道高架のアーチ壁に2017年から壁画を設置して歩行者路にし、2019年には1区画のアーチ自体も開通させた

phố bích họa Phùng Hưng

ベトナム / ハノイ市 / Hoàn Kiếm(ハノイ市ホアンキエム区)

1980年から土砂で封鎖されていた鉄道高架のアーチ壁に2017年から壁画を設置して歩行者路にし、2019年には1区画のアーチ自体も開通させた
© Trí Thức Trẻ(Kênh14 に転載) — この写真が載っている記事

2022年に壁画修復と歩道の不法占用撤去が伝えられたが、2025年の記事は一帯の文化空間が停滞し劣化したままだと報じている

何をしたか

ハノイ旧市街に隣接するフンフン(Phùng Hưng)通りには、フランス統治期に鉄道高架を支えるために築かれた131区画の石造アーチが並ぶ。衛生・景観・治安上の理由から1980年に土砂で埋められ密閉されていたこのアーチ群のうち19区画で、ホアンキエム区人民委員会が2017年11月から壁画を設置する事業に着手し、2018年2月3日に開幕した。同日からこの区間はドンスアン市場に通じる歩行者路になった。壁画は当初、密閉されたアーチの外壁前に置いた取り外し可能な板に描かれていたが、2019年6月には1区画(93番)が試験的に穿ち開通され、2020年には続く5区画(79〜83番)の穿孔工事再開がベトナム鉄道局によって承認された(実際に開通が完了したことを示す出典は確認できていない)。

誰が始めたか

壁画事業は、ホアンキエム区人民委員会が国連人間居住計画(UN-Habitat)・韓国国際交流財団(Korea Foundation)と共同で実施し、実務はハノイ旧市街管理委員会が担った(Tuổi Trẻ 2018-10-22)。アーチ内部の開通は別の許認可過程を経ており、鉄道インフラを所管するベトナム鉄道局が2020年4月9日付の文書(番号568号)で、フンフン通りからロンビエン橋に至る79〜83番アーチの改修をハノイ旧市街管理委員会が主導することを承認し、ベトナム鉄道総公社が同年5月26日付の決定(番号359号)で着工を認めた(Tiền Phong 2020-07-07)。ホアンキエム区副委員長のPhạm Tuấn Long氏はVTV(2020-07-07)に対し、この5区画の着工が前回(1区画のみ)から1年ほど遅れた理由を、橋の構造安全性を確認する審査・承認手続きに時間を要したためと説明している。2025年時点では、区画の引き渡し後にベトナム鉄道総公社(VNR)が店舗貸出などの商業活用に向けた設計をあらためて担う計画だとTiền Phong(2025-10-22)は伝えている。

いくらかかったか

参照した6本の出典のいずれにも、壁画事業・アーチ開通事業にかかった費用を示す金額の記載はなかった。関連する語(kinh phí/chi phí/ngân sách/tỷ đồng等)で全文を確認したが、事業費・予算額を示す記述は見当たらない。

真似するなら最低何が必要か

最も重い条件は、鉄道が現に走行している高架の下部構造に手を入れるための、段階を踏んだ安全審査である。フンフン通りのアーチは、その上をハノイ〜ドンダン線の列車が走り続けている現役の鉄道構造物であり、密閉されたアーチを一つ開通させるにも、鉄道インフラの所管機関(ベトナム鉄道局)による許可文書と、施工主体(ベトナム鉄道総公社)による着工決定の両方が要る。Tiền Phong(2020-07-07)が伝える2020年の許可文書は、橋の安定性・耐用年数・鉄道運行の安全・防火・排水など多岐にわたる条件を課しており、区画は一度に1つずつ、鋼製の補強フレームで支えながら施工するよう定められている。2019年6月に試験開通した1区画から、5区画(79〜83番)の追加開通までに約1年を要した理由を、区副委員長は審査・承認手続きの所要時間だと説明している(VTV 2020-07-07)。

先に外壁だけを取り外し可能な板の壁画で覆い、通りを歩行者路として先行開放したことも、この事業の順序として参考になる。Tiền Phong(2020-07-07)は、壁画の登場がこの一帯の様相を変えたとし、壁画の監修を務めた画家グエン・テー・ソン(Nguyễn Thế Sơn)氏の評として、都市化の過程で忘れられがちな場所の感覚を呼び覚ますものだったと伝えており、アーチ内部の恒久的な用途(工芸品店・カフェ等)が定まる前の暫定的な仕掛けとして機能していたことがうかがえる。ただしTuổi Trẻ(2018-10-22)は、開幕直後から一部の壁画の内容(ブランドロゴを模した装飾等)や、区画の一部が駐車・駐輪スペースに成り果てている実態への批判も伝えており、先行開放だけでは通りの使われ方を完全には制御できなかったことも記録しておく必要がある。この批判に対するホアンキエム区側の直接の反論は、参照した出典の中には見当たらなかった。

今どうなっているか

2022年12月、開通から4年余りが経過して色あせ・剥落が進んだ壁画について、ハノイ旧市街管理委員会と修復チームが1週間余りの作業でこの時点までに全体の約7割を修復し終えたとDân Trí(2022-12-21)は伝えている(全体の修復完了を示す出典は確認できていない)。同記事によれば、歩道の不法な駐輪・出店も解消された。修復作業を見ていた地元住民は、4年余りの間にここの絵はかつてのようではなくなっていたが、この1週間余りの修復作業を経ておおむね元の姿に戻ったという趣旨を述べている(同)。

しかし試験開通から8年が経った2025年10月22日、Tiền Phongは、アーチ一帯の文化空間が「沈黙し、劣化し、埃をかぶったまま」で再生計画を待っている状態だと報じている。この記事によれば、試験的な開通事業はいまだ十分な効果を発揮できておらず、周辺では住民が無秩序に飲食の露店を構えるなど、公共空間の不法占用も続いている。ベトナム鉄道総公社の担当者は、市がすでに外国のコンサルタント会社を雇いアーチ開通事業の計画を策定済みだとしたうえで、2025年第4四半期に開通作業の実施計画を立てる予定だと説明している。引き渡し後は同公社が店舗貸出などの商業活用に向けて再設計する方針で、開通完了までの間、2025年12月末をめどに線路沿いの植栽・柵の設置などの景観整備に着手し、2026年4月の完了を見込んでいるという(同)。

壁画のある歩行者路自体が閉鎖されたとは、参照した出典のどれにも書かれていない。ただし直近の出典が一帯の停滞と劣化を明記していることから、現在の稼働状況を「継続中」と単純に言い切ることはできない。

出典

  1. Phố bích họa Phùng Hưng có làm 'biến dạng' hồn phố cổ? — Tuổi Trẻ(2018-10-22)
  2. Chùm ảnh: Phố bích họa Phùng Hưng "hồi sinh", trở thành phố đi bộ kết nối với không gian chợ Đồng Xuân — Trí Thức Trẻ(Kênh14 に転載)(2018-02-03)
  3. Đục thông 5 vòm cầu, mở rộng không gian phố đi bộ Phùng Hưng — VTV(2020-07-07)
  4. Mở tiếp 5 vòm cầu Phùng Hưng: Thêm phố đi bộ trong tương lai? — Tiền Phong(2020-07-07)
  5. Tranh bích họa phố Phùng Hưng được phục hồi sau thời gian dài xuống cấp — Dân Trí(2022-12-21)
  6. Không gian văn hóa vòm cầu Phùng Hưng dang dở sau 8 năm 'thí điểm' — Tiền Phong(2025-10-22)

最終確認日 2026-09-01

この記述は間違っていますか。受け取ってから2週間以内に、直すか直さないかを返します。

この記述について訂正を申し立てる

絞り込みや地図から探す(対話版)