毎年秋の市民マラソンに慈善の部を置き、その参加費を全額寄付に回した
Франківський півмарафон
Галка は2025年9月28日に、12年目の大会に1,800人が参加し、これは大会の歴史で最も多いと伝えている。Репортер は同じ日に、参加者は1,500人を超えたこと、運営者の話として21.1キロには650を超える登録があったことを書いている。
何をしたか
毎年秋に、100メートルから21キロまでの距離を市内に敷いて走る大会で、慈善の部の参加費を全額寄付に回している。КУРС は2025年7月25日に、この大会が2014年からウクライナの走者を集め、外国からの参加者も受け入れてきたと書いている。同記事によれば、2キロの慈善の部は、大会の創設者で2022年5月にルハンシク州で消息を絶った Сергій Караванець の名を冠しており、その登録料は全額が退役軍人の適応スポーツのための寄付に回る。Галка は2024年10月6日に、11回目には1,750人が参加し、適応スポーツの用具に100万フリヴニャを集めることを目標にしたと伝えている。
誰が始めたか
創設者は、いま行方の分からない一人の人物である。 КУРС(2025年7月25日)は、2キロの慈善の部が冠する Сергій Караванець を、半マラソンの創設者であり、2022年5月にルハンシク州で消息を絶った兵士だと書いている。Репортер(2025年9月28日)は、この大会が12年前に Сергій Караванець によって始められたと書き、Галка(2024年10月6日)は同氏をこの大会の最初の運営者だとしている。始まった年について、出典は2014年としか書いていない。 КУРС(2025年7月25日)は、この大会が2014年からウクライナの走者を集め、外国からの参加者も受け入れてきたと書いている。回数からの逆算はしていない(editor_notes 参照)。
いま運営しているのは Frankivsk Half Marathon の総責任者 Ігор Крицак である。 同氏は КУРС(2025年7月25日)で、半マラソンの創設者は Сергій Караванець で自分の友人であり、戦争で行方が分からなくなったと述べ、自分たちが今こうしていられるのはその人たちのおかげであり、その人たちの側から離れていることはできないと述べている。 Репортер(2024年9月10日)で FHM のコミュニケーション担当 Христина-Ірина Сорока は、この大会は走ることの祭りにとどまらず、強く健康な国民をつくること、街を育てること、あわせてよい行ないをすることが主な使命だと述べ、Сергій は戻ってくると信じており、彼が望んだことを自分たちが全部やっているのを見てほしいと述べている。
寄付の受け手の側にも名前のある担い手がいる。 Репортер(2024年9月10日)によれば、退役軍人と市民の団体「ветераницивільні Петрос」を立ち上げたのは Наталка Найда である。同氏は同記事で、軍人との1年半の活動で具体的な役立ちと結果を見ていると述べ、病室から出て何かをする機会があるだけで大事な人もいれば、弓を試してみて障害のある人の競技に出て、他の退役軍人や障害のある人の指導者になろうとしている者もいると述べている。 Ігор Крицак は同記事で、この団体を寄付先に選んだ理由として、弓の取り組みに心が動いたこと、自分たちの街に適応スポーツのための整った場ができてほしいことを挙げている。
いくらかかったか
出典に書かれているのは「集めた額」であって「かかった額」ではない。大会そのものの運営費は、参照した6本のどこにも書かれていない。 参加費の額も書かれていない(子どもの部が無料であることだけが記されている)。
渡す先は年によって違い、額が書かれるようになったのは2024年からである。 КУРС(2019年9月22日)は、慈善の部で集めた金はマルタ救援奉仕団(Мальтійська служба допомоги)に渡すとしか書いておらず、額は無い。Репортер(2024年9月10日)は、11回目の目標を100万フリヴニャとし、2キロの慈善の部の登録料の全額が「ветераницивільні Петрос」に渡って、車椅子バスケットボール用の車椅子、ネット、ボール、ローイングマシンといった適応スポーツの用具の購入に充てられると書いている。同記事によれば、この用具は負傷して病院に入った軍人の回復と、運動の習慣に加わってもらうために要るものである。
2024年の結果は翌年の記事に残っている。 КУРС(2025年7月25日)によれば、2024年に FHM と「ветераницивільні Петрос」の協力で1,037,180フリヴニャが集まり、オリンピック競技用の弓などの用具が買われた。同記事によれば、同団体はそれと合わせて指導者の学校を立ち上げ、州内各地から24人が訓練を受け、そのうち5人は自分の道具一式を持って、トルマチ、ナドヴィルナ、ヴィホダ、コロミヤ、カルーシュで退役軍人や病院の患者や地域と活動している。 2025年に集める金の用途としては、弓・矢・バスケットボール・その他の消耗品・病院への出張・指導者の育成が挙げられている。
2025年の目標は桁が上がっている。 Репортер(2025年9月28日)によれば、2キロの登録料は、車椅子バスケットボール用の車椅子10台のための250万フリヴニャの募金に渡される。同記事によれば、必要な額を集めるために FHM のチームと「ветераницивільні Петрос」は地元の商いと全国の企業も巻き込むとしている。同記事で Наталка Найда は、この年に始めた募金がまだ必要な額に届いていないと述べ、無料のボルシチの列のほうが適応スポーツに寄付しようという気持ちより長いと述べている。
真似するなら最低何が必要か
1. 距離を階段にして、下の段を無料にすること。 КУРС(2019年9月22日)によれば、6回目の時点で2キロの慈善の部、5キロ(これから続けたい初心者向け)、10キロ(翌年の半マラソンへの一歩として)、21キロ(経験のある走者向け)が並び、14歳までの子どもには1000メートル・500メートル・100メートルの無料の部があった。 同年にはリレー(3×5キロ+6.097キロ)と企業対抗の部も置かれている。2025年も距離は2・5・10・21キロと、子どもの100・400・1000メートルの無料の部という組み合わせだった(КУРС 2025年7月25日)。
2. 慈善の部を独立の距離として置き、その登録料を全額渡すと先に決めること。 КУРС(2025年7月25日)によれば、2キロの部の登録料は100%が、追加の寄付とあわせて「ветераницивільні Петрос」に渡される。 大会の他の部の参加費と混ぜない形になっている。
3. 渡す先を1つの団体に絞り、用途を品目まで書くこと。 出典に出てくるのは、車椅子バスケットボール用の車椅子、ネット、ボール、ローイングマシン(Репортер 2024年9月10日)、オリンピック競技用の弓、矢、バスケットボール、その他の消耗品、病院への出張、指導者の育成(КУРС 2025年7月25日)である。金額の目標も年ごとに一つだけ置かれている——2024年は100万フリヴニャ、2025年は車椅子10台のための250万フリヴニャ。
4. 走らない人がその日に参加できる場を用意すること。 Репортер(2024年9月10日)によれば、パートナーの Jysk が適応スポーツの区画を設けることになっており、寄付をすれば誰でもいくつかの競技を試すことができ、退役軍人が講習を行なうとされていた(同記事は大会前のもので、いずれも予定として書かれている)。Галка(2024年10月6日)で Ігор Крицак は、寄付をすれば誰でも弓を射てみられる場所を設けたことを挙げ、パートナーや店や友人による「友だちの缶」も開いていると述べている。 Репортер(2025年9月28日)によれば、この年は沿道に応援の場所が並び、ゴールではマルタ救援奉仕団の野外の炊事場が833食のボルシチを配った。
5. 参加費のほかに、常時開いた入口を持つこと。 Репортер(2025年9月28日)は、車椅子への募金が大会後も続いていることと、そのオンラインの受け口があることを書いている。Репортер(2024年9月10日)によれば、Наталка Найда は用具の資金を集めるために別途の募金も開いており、社会に責任を持つ商いにも参加を呼びかけている。
6. 集まらない年があることを前提にしておくこと。 2024年は目標100万に対して1,037,180フリヴニャが集まった(КУРС 2025年7月25日)。いっぽう2025年について Наталка Найда は、募金がまだ必要な額に届いていないと述べている(Репортер 2025年9月28日)。同じ仕組みでも年によって届く年と届かない年がある。
確認できないものは、大会の運営費と参加費の額、慈善の部の参加者の数、2025年の250万フリヴニャの募金が最終的にいくら集まったか、そして寄付先が2019年のマルタ救援奉仕団から2024年の「ветераницивільні Петрос」へどう移ったかである。「切り替えた」と書いた出典は無い(editor_notes 参照)。
今どうなっているか
2026年8月時点で確認できた最も新しい記録は、2025年9月28日の同じ日に出た2本、Галка と Репортер の記事である。
参加者数の書き方は2本で違うが、食い違ってはいない。 Галка は12年目の大会に1,800人が参加し、これは大会の歴史で最も多いと書いている。Репортер は同じ日に1,500人を超えたとし(1,800人はこの下限を満たす)、運営者 Ігор Крицак の話として、21.1キロには650を超える登録があってこれは大会として最多であること、10キロには400を超える走者、5キロには350を超える参加者が登録したことを伝えている。同氏は同記事で、国が全面戦争のなかにあり、人は自分の内側の感情と心の力を何かで取り戻す必要があると述べ、運動はそれによい向きに効く道具であり、人は運動のなかで自分を保つのに役立つものを見つけているように思うと述べている。
同じ週末に、走ること以外の催しが重なっている。 Репортер(2025年9月28日)によれば、前日の9月27日に、9月17日に任務中に亡くなった州出身の軍人を偲ぶ車椅子バスケットボールの公開試合が行なわれた。同記事によれば、車椅子で距離を走った参加者もおり、そのうちの一人はキーウの住民で、適応スポーツの祭のために Центр ініціатив「Повернись живим」の退役軍人の代表チームの一員としてイヴァーノ=フランキーウシクに来ていた。
募金は記事の時点で続いている。 Галка(2025年9月28日)によれば、この年の目標は車椅子バスケットボール用の車椅子で、100万フリヴニャを集めるとされている。Репортер は同じ日に、目標を車椅子10台のための250万フリヴニャとし、まだ必要な額に届いていないという「ветераницивільні Петрос」共同創設者の言葉を載せている。 同じ日の2本で目標額が違っており、その理由はどちらの記事にも書かれていない(discrepancies に並置した)。
2026年の大会については出典が無い。 2025年9月28日より後にこの大会がどうなったかを書いた記述は、参照した6本のどこにもない。
出典
- Стартував шостий Франківський Півмарафон — КУРС(2019-09-22)
- На забігу імені Сергія Караванця у Франківську збиратимуть 1 мільйон на спортивне обладнання для ветеранів — Репортер(2024-09-10)
- Франківський півмарафон-2024 об'єднав 1750 учасників — Galka.if.ua(2024-10-06)
- Біг заради тих, хто не зупиняється: Frankivsk Half Marathon-2025 підтримує адаптивний спорт — КУРС(2025-07-25)
- Франківський півмарафон-2025 об'єднав 1800 учасників — Galka.if.ua(2025-09-28)
- З борщем, вболівальниками та збором для ветеранів. 12 Frankivsk Half Marathon зібрав рекордну кількість учасників — Репортер(2025-09-28)
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