運河を覆っていた市場を撤去して歩行者天国にしたが、開いた数か月後に市場が閉じた
คลองโอ่งอ่าง
2020年に歩行者天国として開いたが、数か月で新型コロナにより市場が閉じた。2021年に UN-Habitat の賞を受けた一方、住民の参加が無かったとする検証も出た。2024年時点で人出は戻っていないと報じられている。
何をしたか
バンコク旧市街を囲む運河の一部であるオンアン運河(คลองโอ่งอ่าง)で、運河を覆っていた半ば恒久的な市場の構造物を撤去し、両岸を歩ける道にして週末の市を開いた取り組み。
運河は240年以上の歴史があるとされ、サンペン・パーフラット・サパーンレックといった商いの中心の間を流れている(ไทยรัฐ 2024年6月25日)。The Momentum(2021年3月25日)によれば、この運河は20年以上にわたってサパーンレック市場という半ば恒久的な構造物に覆われ、水は腐っていた。整備の後は水の澄んだ運河になり、都市の中では得がたい夕方の過ごし方ができる場所になった、というのが同記事の見立てである。
現地は2つの区にまたがる。 プラナコーン区とサンパンタウォン区で、面積の大半はプラナコーン区にある(ไทยรัฐ 2024年6月27日)。
2021年、UN-Habitat の 2020 Asian Townscape Awards を「景観改善の手本(Landscape Improvement Project)」として受けた。 その年に受賞したのは6か国だけだった(ไทยรัฐ 2024年6月25日)。
開始の年は、出典が仏暦で書いているため西暦で確定できる範囲が限られる。 The Momentum(2021年3月25日)は景観の整備の始まりを仏暦2561年としている。西暦で出典に出てくるのは賞の名称(2020 Asian Townscape Awards)と、2020年10月28日のタイ・ラットの記事だけである。start_year には、歩ける場所として記事が出た2020年を採った。
誰が始めたか
始めたのはバンコク都である。 The Momentum(2021年3月25日)によれば、都は仏暦2558年に、当時の国家平和秩序維持評議会(คสช.)政権の支持のもと憲法暫定条項第44条を用いて、この区域の返還を求めた。同記事は、20年以上にわたって運河の上と両岸の通路が占用されるのを放置してきたことについて、常勤の職員も区長も知事も誰ひとり責任を問われていないと書いている。
整備の進め方への批判が、受賞と同じ年に出ている。 同記事は、景観整備の全過程が上からの考えによるもので、地域の住民が関わる機会は一度も無かったとし、観光を主目的とする都市の整備が人を置き去りにすることを問うている。同記事はまた、同じ賞をバンコクの旧市街が仏暦2554年に「The Living Bangkok Heritage」として受けたのち、旧市街から地域の共同体が立ち退かされてきたと書いている。
責任は複数の部署に分かれている。 サンパンタウォン区長ワンラップ・キアッティウォラシークン氏は2024年6月27日、運河が2区にまたがること、護岸や運河に関わる事業は都の排水局(สนน.)が所管して予算も持つことを説明し、「区は場所の持ち主にすぎない」と述べている(ไทยรัฐ 2024年6月27日)。同氏によれば、街灯が消えたままの箇所があるのは、最初の時期に据えられた器具が外国から入れたもので、いまは同じ部材を調達できないためである。
いくらかかったか
額を示した出典が1本ある。 The Momentum(2021年3月25日)は、仏暦2559年以降、都がオンアン運河の景観整備に4億バーツを下らない予算を使ってきたと書き、その目的が観光にあることは明白だとしている。同記事は、その予算で用意されたものとして、壁画・生演奏・独自性のない露店の市、そしてカヤックを挙げている。
もう1本は額を示さずに「高い」と書いている。 ไทยรัฐ(2024年6月25日)は、この水準まで整備したことが「かなり高い国費」と引き換えだったとし、そのため多くの人がこの場所は継続して手入れと支援を受けると見ていた、と書いている。
区が使える予算の出どころは説明されている。 サンパンタウォン区長は2024年6月27日、観光の振興について、区が使えるのは都議会議員が回してくる予算だけで他からは無いと述べ、前年はその予算でロイクラトンの催しを開き、多くの人が集まったとしている(ไทยรัฐ 2024年6月27日)。
真似するなら最低何が必要か
第一に、占用を解いたあと、誰がその場所を続けるのかを決めておくこと。The Momentum(2021年3月25日)によれば、この場所は20年以上占用されたのち、法の強い手段で返還が求められた。返す作業と、返したあとに人が来続ける作業は別である。
第二に、整備の過程に地域を入れること。同記事は、全過程が上からの考えで、地域の住民が関わる機会が一度も無かったと書いている。2024年に人出が戻らないとき、地域の側に事業を立て直す持ち分が残っていない。
第三に、開く曜日と時間を、出店する側が決められるようにすること。ไทยรัฐ(2024年8月27日)によれば、市はもともと金・土・日の16時から20時に開いていたが、出店者からは土日の13時から19時に前倒ししてはどうかという声が出ている。
第四に、呼び込みを誰が続けるのかを決めておくこと。ไทยรัฐ(2024年6月25日)によれば、地域の自治会の代表は、以前は都と区が広報を助け店を集め、行政と地域が助け合っていたので形が整っていたと述べている。その体制は長くは続かなかった。
第五に、設備の部材を国内で替えられるようにしておくこと。サンパンタウォン区長は2024年6月27日、最初の時期に据えた街灯の器具が外国から入れたもので、時間が経つと同じ部材を調達できなくなったと説明している(ไทยรัฐ 2024年6月27日)。直さないのではなく、部材が手に入らない。
第六に、責任の分かれ方を先に地図にしておくこと。運河は2区にまたがり、護岸と運河の工事は排水局、街灯は別の部署、区は「場所の持ち主」という分かれ方になっている(同)。
今どうなっているか
2026年8月時点で確認できたのは、2024年8月27日の記事までである。
人出は戻っていない。 ไทยรัฐ(2024年6月25日)の取材班は2024年6月21日に現地を歩き、かつて人が列をなして順番を待ったカヤックの発着場が桟橋だけを残して空になり、両岸はほとんど人がいなかったと伝えている。床は清潔で、壁には壁画が点々と残っていた。
閉じた理由として新型コロナが挙げられている。 同記事によれば、地域の自治会の代表は、開いてから数か月で新型コロナの流行が来て人が減り、市場は閉じ、再開してからまた2度目の閉鎖になり、出店していた店は他所へ散った、3度目の再開のときプラナコーン区の側は市場を開かなかったと述べている。
都は再生の計画を動かしている。 ไทยรัฐ(2024年3月11日)は、都が3段階の再生計画を進めるために現地に入ったと伝えている。この記事は都のフェイスブックの情報にもとづくと明記されているため、当事者の発信として扱う。
行政の側は「自力で立つ」ことを求めている。 サンパンタウォン区長は2024年6月27日、地域には持続してほしく、事業者には自分の足で立ってほしいという考えを述べている(ไทยรัฐ 2024年6月27日)。
催しは開かれたが、効果は限られたと出店者が述べている。 ไทยรัฐ(2024年8月27日)によれば、2024年8月8日から12日にかけて、サパーンハンからサパーンボピットピムックの間で観光振興の催しが開かれた。取材班が8月23日に再訪したところ、飲み物の店を営む出店者は、店の数はそれなりに並んだが人出は程々で、人が多かったのは歌手が来た1日だけだったと述べ、景気が悪く物価も上がっていることを理由に挙げている。別の出店者は、いまの状態を集中治療室に入ったようだと表している。同記事の題は「時は止まっているかもしれないが、努力してくれてありがとう」である。
出典
- ถือกล้องชมวิว "Street Art คลองโอ่งอ่าง" สะท้อนภาพชุมชนเก่าแก่ผ่านงานศิลปะ — ไทยรัฐ(Thairath)(2020-10-28)
- ความน่ายินร้ายของ ‘คลองโอ่งอ่าง’ กับรางวัล ‘ต้นแบบ’ การพัฒนาเมืองที่เต็มไปด้วยคำถาม — The Momentum(2021-03-25)
- กทม. ลงพื้นที่คลองโอ่งอ่าง ขับเคลื่อนแผนฟื้นฟู 3 ระยะ แก้ปัญหาสิ่งแวดล้อม — ไทยรัฐ(Thairath)(2024-03-11)
- คลองโอ่งอ่าง' ไร้ต่อยอด กับปัจจุบันที่เหมือนไปเริ่มต้นใหม่ — ไทยรัฐ(Thairath)(2024-06-25)
- คลองโอ่งอ่าง' ต้องยืนด้วยตัวเอง จะช่วยตลอดไม่ได้ — ไทยรัฐ(Thairath)(2024-06-27)
- "คลองโอ่งอ่าง" แม้เวลาอาจหยุดนิ่ง แต่ขอบคุณที่พยายาม — ไทยรัฐ(Thairath)(2024-08-27)
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