アーティスト滞在事業を起点に、職種を逆指名して移住者を選ぶ町にした
グリーンバレー
1999年のKAIR開始から2024年まで出典がある。2024年の月刊不動産とLumiarchはいずれも創設から25年後の到達点として、15年間で150世帯255人が移住した数字や、企業16社の集積を伝えている。
何をしたか
徳島県神山町の特定非営利活動法人グリーンバレーが、1999年に始めたアーティスト滞在制作事業「神山アーティスト・イン・レジデンス」(KAIR)を起点に、空き店舗を改修して貸す事業、招きたい職種を町側から逆指名して移住者を選ぶ「ワーク・イン・レジデンス」、ITベンチャーのサテライトオフィス誘致へと活動を広げた。全国町村会(2013年)によれば、2011年度の人口動態調査で神山町の転入者数が転出者数を上回った。
誰が始めたか
発祥は1999年より前にさかのぼる。 全国町村会(2013年)によれば、グリーンバレーの起点は1991年の「青い目の人形」里帰り運動で、当時PTA役員だった大南信也氏がこれに携わったことがきっかけとなり、1992年、神山町国際交流協会が設立された。1997年には協会の会員らが国際文化村委員会をつくり、2004年に現在のNPO法人になった。
KAIRの始まりについて、月刊不動産(2024年)は大南氏の発言としてこう伝えている。 徳島県は1997年の総合計画に、神山を中心とした地域に国際文化村をつくる「とくしま国際文化村構想」を盛り込んでいたが、大南氏によれば、行政が施設をつくっても将来は住民が管理する時代が来るはずだと考え、行政の補助金や助成金がなくても自立できる案として、住まいとアトリエさえ用意すれば大きな投資をせずに実現できる国際芸術家村を県に提案したという。これを受けて徳島県や神山町の支援のもと1999年からKAIRが始まったと同誌は書いている。
移住定住の仕組みは、この延長で作られた。 全国町村会によれば、グリーンバレーの移住定住促進事業は「創造的過疎」という考え方——将来の人口減少は避けられないとしたうえで、人口構成を持続可能な形に計画的に変えていくという発想——と、将来町に必要な働き手や起業家を受け入れ側が逆指名する「ワーク・イン・レジデンス」という2つの発想にもとづく。同記事によれば、移住希望者を行政ではなくNPOの側が選ぶのは、地域のことは地域で決めるべきだという大南氏の考えによるという。神山町移住交流支援センターの運営は2007年に始まり、同種のセンターは徳島県内に13か所あるが、行政ではなく民間のグリーンバレーが受け持つのは神山町だけだという。月刊不動産(2024年)は同じ制度を指して「2008年開始」のワーク・イン・レジデンスと書いており、年の記載が1年食い違う。
サテライトオフィス誘致のきっかけも同じ流れにある。 全国町村会によれば、グリーンバレーが手がけた「空屋町屋」プロジェクト(町内の空き店舗を借り受け改修し移住者に貸す事業)を通じ、大南氏とつながりのあったイギリス人クリエイター、トム・ヴィンセント氏の提案で空き店舗が「ブルーベアオフィス神山」として整備され、その改修に関わった建築家の知人を通じてSansan株式会社社長の寺田親弘氏がこれを知り、即決でサテライトオフィスを設置して神山町第1号となったという。同記事は年を書いていない。 その年については、WirelessWire(2019年)がSansanは2010年に初めて拠点を設けたと書き、月刊不動産(2024年)も同社が2010年に古民家で「神山ラボ」を始めたとしている。
リーダーの肩書は出典間で変わっている。 全国町村会(2013年)は大南信也氏を「理事長」と記すが、月刊不動産(2024年)とLumiarch(2024年)はいずれも同氏を「前理事長」と呼んでいる。現在の理事長が誰かは今回の出典から確認できない。
いくらかかったか
事業全体の予算・年間の運営費を示す出典は今回の範囲に無い。 分かるのは個別の設備投資と、活動全体の資金構造についての当事者の発言である。
サテライトオフィスの複合施設については金額がある。 全国町村会によれば、古民家1軒に1社という従来の形から、複数の会社が集まる「サテライトオフィス・コンプレックス」という形に発展した。これは古民家ではなく、もとは縫製工場だった建物を使ったもので、県と町がそれぞれ300万円ずつ補助金を出している。 同記事は、グリーンバレーの活動全体について「行政による補助金もわずかである」とも書いている。
KAIRの資金構造については、大南氏の発言がLumiarch(2024年)に載っている。 それによれば、KAIRは当初、自治体や文化庁から補助金・助成金を受けていたが、いずれ補助が打ち切られても自走できる仕組みが必要だと考えたという。そこで、KAIRの選考に漏れた応募者に宿舎とアトリエを提供し、自費で町に一時滞在してもらうプログラムを作ったところ、これが結果として資金を抑えながら潜在的な移住希望者にアプローチする経路になったと大南氏は述べている。
賃料についても出典に記載がある。 WirelessWire(2019年)は、コンプレックス内のコワーキングスペースの賃料を席の種類ごとに写真説明で挙げたうえで、本文では、常駐する企業のスペースは4畳半ほどの広さで、賃料は月額3万円ほどで済むそうだと書いている。どのスペースがどの入居者に当たるかは、同記事からは決まらない。
真似するなら最低何が必要か
出典から取り出せるのは5つである。
1. 人口減少そのものを止めようとしないこと。 全国町村会によれば、グリーンバレーの「創造的過疎」は、将来的な人口減少を避けられないものとしたうえで、人口構成を持続可能な形に計画的に変えていくという発想である
2. 移住者を行政ではなく地域の側が選ぶ制度を持つこと。 「ワーク・イン・レジデンス」は、町にとって必要な働き手や起業家をあらかじめ逆指名する仕組みで、全国町村会によれば、これは、地域のことを自分たちで決めることでより責任が持てるという大南氏の考えにもとづくものだという
3. 補助金が切れても続く自費の受け皿を用意すること。 Lumiarch掲載の大南氏の発言によれば、KAIRは当初こそ自治体・文化庁の補助を受けていたが、選考に漏れた志望者向けに自費滞在プログラムを別途作ったことで、補助の有無にかかわらず人を呼び込む経路を持てたという
4. 空き店舗・空き家を改修して貸す実務を自ら持つこと。 全国町村会によれば、「空屋町屋」プロジェクトはグリーンバレー自身が町内の空き店舗を借り受け改修する事業で、これがサテライトオフィス誘致のきっかけになった
5. 企業誘致を目的として掲げないこと。 全国町村会によれば、サテライトオフィスを増やすための誘致活動を大南氏は特に行っていないといい、同記事は、人が人を呼ぶこの状態を企業誘致ではなく人材誘致だと整理している
確認できないのは、グリーンバレーおよび神山町移住交流支援センターの年間の運営費・人件費、KAIRの年間の総事業費、サテライトオフィス・コンプレックス以外の改修費用である。
今どうなっているか
2024年時点で確認できた最も新しい記録は、月刊不動産とLumiarchの2本である。
移住の規模については月刊不動産(2024年9月)に数字がある。 ワーク・イン・レジデンス開始(同誌の記載では2008年)から15年間で150世帯、255人が移住してきたという。同誌は、2010年以降IT企業のサテライトオフィスが計16社集積したとも書いている。同誌はまた、神山町がかつて「消滅可能性都市」に指定されていたと書いている。
Lumiarch(2024年12月)は前理事長・大南信也氏へのインタビュー記事である。 同氏は、神山町の再生は「人を呼び込もう」という活動から始まったのではなく、自分たちの町をより楽しくしようとしてきた結果だと述べている。同記事によれば、2011年に神山町の転入数が転出数を上回った。同記事は、2023年4月に開校した高等教育機関「神山まるごと高専」にも触れているが、これはKAIR・ワーク・イン・レジデンスとは別の新しい取り組みであり、本レコードの対象には含めない。
町全体の人口はその後も減り続けている。 神山町(2026年8月時点の掲載、更新日2026年8月3日)によれば、令和8年8月1日現在の人口は日本人・外国人あわせて4,548人、世帯数2,446である。全国町村会(2013年)が引用する住民基本台帳(平成24年3月31日時点)の人口は6,355人であり、その後も町全体の人口は減少している。 2011年度に転入超過となった年があったことと、町の総人口が長期的に減り続けていることは、出典上両立している。
否定的な報道は、今回探した範囲では見つからなかった。 ただし本レコードの出典5本のうち、KAIR・ワーク・イン・レジデンスの成果を測った第三者による定量評価(例えば移住者の定着率や事業の収支の外部監査)は含まれていない。 数字(15年間150世帯255人、16社集積、2011年の転入超過)はいずれも月刊不動産・全国町村会・Lumiarchという独立した媒体の記述だが、いずれも大南氏または同氏に近い関係者の説明にもとづく部分を含む。
出典
- 徳島県神山町/Art. Business. Creative.~神山町と特定非営利活動法人グリーンバレーの歩み~ - 全国町村会 — 全国町村会(町村週報2841号)(2013-05-27)
- 過疎の町・神山にみるワークプレイスの新たな価値基準 | ザイマックス総研 — ザイマックス不動産総合研究所(2018-08-09)
- 徳島県神山町はいかにして「地方創生の聖地」になったのか(神山町サテライトオフィスレポート) — WirelessWire & Schrödinger's(2019-10-01)
- 地方創生のヒントが満載創造的過疎・神山町進化論 〜徳島県神山町〜 — 月刊不動産(公益社団法人全日本不動産協会)(2024-09-12)
- 移住者が自ら集まる町、神山町。魅力的な地域づくりのカギとは? — Lumiarch(NTT東日本)(2024-12-19)
この記述は間違っていますか。受け取ってから2週間以内に、直すか直さないかを返します。