合併を拒み森林に賭けた村が、移住者を起業家として迎える仕組みをつくった
西粟倉村
2026年にDRIVEメディアが交付金事業終了後の状況を、山陽新聞が移住者の動向を報じた。地域おこし協力隊ポータルは同年、62事業が生まれたとしている。
何をしたか
岡山県西粟倉村(人口1,333人)は、2004年に近隣町村との合併をやめて単独存続を選び、2008年に森林を軸とする「百年の森林構想」を掲げた。2015年以降は移住者向けの起業支援スクールを開き、林業や木材加工を事業化する移住者を募ってきた。村内には2026年時点で60を超える事業が立ち上がっており、その多くに地域おこし協力隊のOB・OGが関わっているとされる。
誰が始めたか
西粟倉村は2004年、近隣の6町村との合併協議会から離脱し、単独で存続する道を選んだ。地方交付税の削減で財政が厳しくなる中、村が持つ資源は森林しかないとの判断から、2008年に「百年の森林構想」を打ち出した、とビジネス+IT(2018年)は伝えている。
構想の実務は、村役場から独立した会社が担った。京都大学大学院を修了し、農山漁村での新規事業づくりに関わってきた牧大介氏が、2009年に木材加工・流通を担う「西粟倉・森の学校」を、2015年に中間支援を担う「エーゼロ株式会社」を設立した(DRIVEメディア 2026年)。西粟倉村雇用対策協議会が持っていた移住・起業支援の事業も、この会社に引き継がれた(事業構想オンライン 2018年)。
移住者向けの「西粟倉ローカルベンチャースクール」を通じて起業した人の一人が田畑直氏で、2016年にスクールへ参加し、2017年に村へ移住して林業関係の会社「百森」を立ち上げた(DRIVEメディア 2026年)。
2016年には、NPO法人ETIC.と組んで、全国の自治体が参加する「ローカルベンチャー協議会」の立ち上げを村が呼びかけたとされる(同)。西粟倉・森の学校とエーゼロは2023年に合併し、「エーゼログループ」となっている(同)。
いくらかかったか
村全体の事業費の総額を示す出典は見当たらない。funding_scale は unknown_fields に挙げている。個別に確認できる金額は以下のとおりである。
移住・起業支援には、総務省の地域おこし協力隊の制度が使われてきた。事業構想オンライン(2018年)は、移住を伴う場合はこの制度を活用し、スタートアップ資金として最大3年間・月額約20万円が支給されると書いている。任期後に起業や事業承継をする場合も、対象になる期間内(任期2年目〜任期終了後3年)なら経費の上限100万円まで総務省の特別交付税の対象と扱われる、と西粟倉村地域おこし協力隊の元隊員らが運営する非公式サイトは2026年3月に説明している。
事業体の収支については、木材加工を担う「西粟倉・森の学校」が2012年に8,400万円の赤字を計上した一方、2017年の売上高は3億3,500万円に達した、と事業構想オンライン(2018年)は伝えている。同じ記事は、森の学校を含めて西粟倉に設立された企業は約30社、売上高は合計約10億円、雇用は120人以上にのぼるとも書いている。いずれも記者による記述で、牧氏の発言として示されているものではない。
全国のべ13自治体が参加した「ローカルベンチャー推進事業」(事務局はNPO法人ETIC.、地方創生関連の交付金を活用)は、1期5年・2期5年の合計10年間続いたが、具体的な交付額は今回集めた出典には記載がない(DRIVEメディア 2026年)。
真似するなら最低何が必要か
複数の出典を重ねると、いくつかの要素が浮かび上がる。
第一に、移住・起業を支える制度的な裏付けである。総務省の地域おこし協力隊の枠組みを使い、起業型・企業研修型の隊員に活動資金を出す仕組みが使われてきた(前節)。
第二に、村役場とは別に事業化を担う会社を置いたことである。百森事業は当初、役場と森林組合が担っていたが、先人たちが50年育ててきた森をさらに50年守り育てていく超長期スパンの事業であるにもかかわらず、職員には数年単位の異動があった、と株式会社百森の田畑直氏はDRIVEメディアの取材(2026年)で振り返っている。同じ取材で、当時、林野庁から村役場に出向して百森事業を担当した長井美緒氏(現・株式会社百森)も、役場・森林組合・西粟倉・森の学校の三者は立場が違い意見のすり合わせが難しかったと述べ、事業に特化した事業体をつくる必要があったという趣旨を語っている。
第三に、林業の経験がない人材も経営人材として募った点である。百森を興した田畑直氏は東京のIT企業出身で、林業の経験がないまま2016年にスクールへ参加し、2017年に移住・起業している(同)。
第四に、個々の事業者を束ねる場を別途つくったことである。西粟倉には製材所や木工所など、林業の川上から川下までの事業体が複数あったが、業種が違うと交わる機会がなかった。2019年に「西粟倉百年の森林協同組合」を設立して初めて、視察対応窓口の一本化や、加工側の都合に合わせた伐採方法の調整といった連携が可能になった、と田畑氏は述べている(同)。
牧大介氏は2018年の取材に対し、西粟倉での取り組みは他の地域でも「大いに再現可能」と述べている。同誌によれば、エーゼロは西粟倉のほか北海道厚真町と滋賀県高島市にも事務所を置き、起業支援や福祉作業所の開設などを行っている(事業構想オンライン)。一方でDRIVEメディア(2026年)によれば、同氏は、移住者が増えて村の経済が上向いた局面はすでに終わったとし、ひとつの挑戦が成功すればそれはもはや挑戦ではなくなるため、次の挑戦が生まれ続ける土壌づくりが要る、と述べている。
今どうなっているか
2026年3月、DRIVEメディア(NPO法人ETIC.運営)の取材に対し、百森代表の田畑直氏は「私自身は成功事例だとは思っていません」と述べ、百森構想と2015年からの起業支援によって村の人口減少のペースは一時鈍ったが、直近5年の人口減少率は他の自治体と同じ水準だと語った。同じ取材でエーゼログループ代表の牧大介氏は、過去15年間の一時期に移住者が増えて村の経済が上向いたと振り返りつつ、その局面はすでに終わったと同メディアに述べている。
全国のべ13自治体が参加した「ローカルベンチャー推進事業」の、国の交付金による10年間の事業期間も2026年3月に終わり、次の段階に移るとDRIVEメディアは伝えている。
一方、西粟倉村地域おこし協力隊の元隊員らが運営する非公式サイト(2026年3月31日公開の記事)は、村に62の事業が生まれ、2026年1月時点で37人の隊員が活動中だとしている。ただしこのサイトは村役場の公式サイトではないと自ら明記しており、村役場による同時点の公式な集計は今回の出典には見当たらない。
山陽新聞は2026年5月、村内の連載記事で、大茅地区の住民が移住者を交えて3月に開いた食事会や、知社地区で観光事業の準備をしている移住者の様子を伝えている。ただし記事は有料会員限定で、無料公開部分(見出しと冒頭の1文、写真キャプション)以外は確認できていない。
西粟倉村の人口は、村役場の発表では2024年3月末時点で1,333人(601世帯)である。これより新しい村の公式統計は、今回の出典には見当たらなかった。
出典
- なぜ岡山県の辺境の村に「移住者」が殺到しているのか — ビジネス+IT(SBクリエイティブ)(2018-08-31)
- 岡山県西粟倉・エーゼロ 「妄想すること」が起業の第一歩 — 事業構想オンライン(2018-08-01)
- 横割り組織で応援、移住・起業の誘致策“ローカルベンチャー”の成果とは。 — ジチタイワークスWEB(2020-11-27)
- もう、成功事例ではない。百森構想を現実化した西粟倉の10年と次なる挑戦【ローカルベンチャーで変容する地域(13)】 — DRIVEメディア(NPO法人ETIC.)(2026-03-27)
- 地域おこし協力隊の3年後は?|定住率と起業のリアル — 西粟倉村「地域おこし協力隊」ポータル(協力隊有志運営・村役場公式サイトではない)(2026-03-31)
- 【岡山「2.0」人口減少の先に】第4部よそ者と~西粟倉編(2)寛容性 摩擦乗り越え 好循環生む — 山陽新聞(2026-05-03)
- 【岡山「2.0」人口減少の先に】第4部よそ者と~西粟倉編(3)新事業 集落の風景 未来につなぐ — 山陽新聞(2026-05-04)
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