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空き家率53%の温泉街を、宿と飲食店に変えながら町民で100年後を決めた

温泉津

日本 / 島根県 / 大田市温泉津町

空き家率53%の温泉街を、宿と飲食店に変えながら町民で100年後を決めた
© やまとごころ.jp — この写真が載っている記事

この記録は運営主体の発信を含みます。

2004年に国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された。2023年に温泉津100人会議が初めて開かれ、2025年12月には113人が参加する温泉津100年会議が開かれた。民間企業による空き家活用の開始年は出典から確認できなかった。

何をしたか

島根県大田市の温泉津町は、湯治場と港町として栄えた集落で、江戸から昭和にかけての建物が並び、2004年に国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている(温泉街としては全国で唯一)。一方で空き家率は53%に達し、後継者不足から複数の老舗旅館や商店が廃業の危機にある。ここで進んでいるのが、民間企業による空き家の活用と、町民参加の話し合いの2つである。島根大学の桐岡真歩ほかによる2025年の学会報告は、その抄録で、民間企業の取り組みを契機に「分散型ホテル」のような宿泊形態が形成されつつあり、地域資源を活用した観光スタイルの多様化が進んでいたと述べている。話し合いの側では、観光庁の「歴史的資源を活用した観光まちづくり事業」を使い、2023年に「温泉津100人会議」、2025年12月には西楽寺で「温泉津100年会議」が開かれ、小学3年生から年配者まで113人が2日間参加した。

誰が始めたか

移住してきた人である。 ただしこの点を伝えているのは sponsored 表示のある記事なので、扱いには注意が要る(下記)。

やまとごころ.jp によれば、話し合いの場を設計・運営したのは温泉津に移り住んだ2人である。近江雅子は2013年に夫と移住し、空き家の多さと、息子の保育園の同級生が数人しかいない現状に衝撃を受けて取り組みを始めた。1883年(明治16年)築の空き家を改修したゲストハウス「湯るり」を2017年に開き、その後「HISOM」、カフェとランドリーを組み合わせた複合施設「WATOWA」へ広げている。西田優花は観光庁や自治体のインバウンド・アウトバウンド事業に携わってきた人で、2022年に移住し、飲食店「本と喫茶のゲンショウシャ」やシェア文庫「本と舍」を立ち上げた。石見神楽の地元の舞子連中にも所属している。

2人はいずれも温泉津の外から来た人である。 同記事は、それでも町の人々との対話を重ねて信頼関係を築いてきたと書き、会議の設計にあたっては「町民が主役」であることを何より重視したとしている。

一方、島根大学の桐岡真歩らによる2025年の学会報告は、主体をもう少し広く見ている。民間企業による空き家の宿泊施設・飲食店への転用を起点として、外来者への支援と地域住民の理解を経て、まちづくりに携わる人々の関係が構築されたという整理である。

いくらかかったか

確認できなかったfunding_scaleunknown_fields)。空き家の改修費も、話し合いの場の運営費も、金額としては出典に出てこない。

分かるのは財源の枠組みである。やまとごころ.jp によれば、話し合いの場は観光庁の「歴史的資源を活用した観光まちづくり事業」(歴まち事業)を使って開かれている。宿泊施設や飲食店の側は民間企業の事業である。公費は話し合いに、民間の金は建物に、という分かれ方をしている。

なお population_scale不明 のままである。大田市の人口を裏づける公的統計に到達できていないためで、推測で区分を置いていない。

真似するなら最低何が必要か

話し合いの場の作り方が、出典のなかで最も具体的に書かれている。 そこから取り出す。

1. 最初に共通の感覚を作ること。 会議の冒頭では町の風景を映したスライド動画を流した。運営側は、見慣れた風景を普段と違う角度から映すことで、議論に入る前に共通の感覚や感情を共有できるようにしたと説明している
2. 6〜7人の卓に分けること。 参加者113人を小さな単位に割っている
3. 発言を否定しないという規則。 参加者の心の安定を担保するためだと明記されている
4. 各卓に地域の中心的な担い手を進行役として置くこと
5. 「遺したいこと」を先に問うこと。 挙がったのは温泉津湾の夕焼け、市場の競り、わかめ干しといった自然と生活が結びついた風景と、知らない人や観光客にも挨拶する習慣だった。同記事はこれらを、風景や制度というより「作法」「空気感」、暮らしのリズムとしての「時間感覚」に近いものだと整理している
6. 建物を持つ主体が別にいること。 空き家を宿や店に変えているのは民間企業で、話し合いの場とは別の資金で動いている

確認できないのは、費用、参加した113人の内訳、そして会議で出た案がその後どう扱われるかである。

今どうなっているか

2026年8月時点で確認できた最も新しい記録は、2026年2月20日のやまとごころ.jp の記事である。2025年12月、町の寺・西楽寺で「温泉津100年会議」が開かれ、小学3年生から年配者まで113人が2日間参加した。テーマは「100年後も湧き続ける温泉津であるために」。2023年には第1回の「温泉津100人会議」が開かれ、「湧くで温泉津」という合言葉が生まれている。

観光についての意見の傾向も報じられている。拡大よりも「生活とのバランス」を重視する意見が目立ったという。

学術の側からは、2025年3月の学会報告が、民間企業の取り組みを契機に「分散型ホテル」のような宿泊形態が形成されつつあるとし、地域資源を活用した観光スタイルの多様化が進んでいると述べた。同報告は同時に提言もしている——今後は民間企業、地元住民、移住者、行政という関係者のあいだで共通の長期的な方針を策定することが重要である、と。裏を返せば、その共通の方針はまだ無いということである。

出典の性格について明記しておく。 2026年の記事には Sponsored 表示があり、独立した一次報道には数えていない(sponsored: true)。この記録で独立した出典は2025年の学会報告1本であり、そのため self_reported: true を申告している。移住者2人の活動と会議の運営について書かれていることは、当事者側の説明にもとづく。

否定的な報道は、今回探した範囲では見つからなかった。

出典

  1. 大田市温泉津伝統的建造物群保存地区における近年の地域活性化の実態 — 空き家活用を行なう民間企業を中心として — 都市計画報告集 23巻4号(日本都市計画学会)(2025-03-14)
  2. 世界遺産の温泉地・温泉津で始まった、町民100人が描く100年後の未来。空き家再生がつなぐ暮らしと観光 — やまとごころ.jp(2026-02-20)

最終確認日 2026-08-17

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