衰退した製鉄の村で、空いた工場建物と労働者住居を職人に無償開放し、600人規模の工芸・デザインの村に転換させた
Fiskars Village
1983年の建物売却に始まり、1994年以降に職人が移住し、2019年に第1回ビエンナーレ、2021年にOnomaが25周年、2022年時点で年間20万人超が訪れると報じられている。
何をしたか
フィンランド南部の製鉄の村フィスカルスで、産業撤退後に空いた工場建物と労働者住居を、職人・デザイナーに無償で開放した。自治体が1983年に建物を取得してアート展示会を始め、フィスカルス社が1990年代に空き建物を工房として使わせる仕組みを広げた結果、家具・宝飾・食品などの作り手が根づき、600人規模の工芸・デザインの村に育った。
誰が始めたか
最初に動いたのは自治体だった。 Nordic Labour Journal(2022年9月22日)によれば、1983年に工場建物の一部(住居区画を含む)がラーセポリの自治体に売却され(売却した側は出典に書かれていない)、自治体はアート展示会を始めた。その後、フィスカルス社が空いた工場建物を工芸・デザインの仕事に使わせることに新たな関心を持つようになったという(同)。
実際に村を作り変えたのは、そこに移り住んだ個々の職人だった。 同記事によれば、環境政策の研究者Rauno Sairinen氏は1994年夏に初めてフィスカルスを訪れ、6家族を集めて木造家屋3棟を購入した。当時その3棟には48世帯(1部屋に1家族)が暮らしていたが、今では1棟あたり2〜3家族になっているという。宝飾作家Timo Mustajärvi氏は2002年夏に移り住み、アトリエ兼住居を構えた(同)。
職人・デザイナー・アーティストの協同組合Onomaも、村の担い手の一つである。 Amusa(2021年3月14日)は、Onomaが設立25周年を迎えたと報じ、旧製鉄所コミュニティの人口のおよそ3分の1がOnomaの会員だと書いている。
いくらかかったか
参照した3本のどこにも、総投資額は書かれていない。 分かるのは断片的な数字だけである。
職人が最初に負担した金額はゼロだった。 Wallpaper(2019年5月21日)によれば、フィスカルス社は1990年代、フィンランド各地から芸術家・職人を招き、工業用建物を工房として、労働者用コテージを住居として、当初は無償で使わせた。同記事は、今日では入居希望者の順番待ちリストがあると書いている。
自治体・企業側の投資規模について、出典にあるのは金額を伴わない評価だけである。 Nordic Labour Journal(2022年9月22日)は、フィスカルスが2005年に北欧理事会環境賞にノミネートされた際の推薦文の内容を紹介し、新しい創造的な住民を呼び込むために数百万ユーロを投じた取り組みが功を奏したと評されていたと書いている。具体的な金額の内訳や単年度の予算は、参照した出典に無い。
個々の職人の採算については、当事者の言葉が残っている。 同記事によれば、パン・チーズ・バターを商う生産者Kirsi Forsberg-Walls氏は、事業を始めて3年ほどになり、利益は出せているが自分への給料は多くないと述べている。宝飾作家Mustajärvi氏は、フィスカルスでは「伝統的な枠の外で働く自由がある」と語っている。
真似するなら最低何が必要か
第一に、空いた産業建物を無償で職人に開放すること。 Wallpaper(2019年5月21日)によれば、フィスカルス社は1990年代、工業用建物を工房に、労働者用コテージを住居に、当初無償で使わせた。同記事は、今日では入居希望者の順番待ちリストがあると書いている。
第二に、来た職人が独立採算で根を張れる余地を残すこと。 Nordic Labour Journal(2022年9月22日)によれば、宝飾作家Timo Mustajärvi氏は2002年に移住し、ヘルシンキの1部屋の住まいを、フィスカルスでは4部屋とキッチンとリンゴの木のある住居に替えた。同氏は、フィスカルスでは伝統的な枠の外で働く自由があると語っている。
第三に、職人同士が組織を作る余地を残すこと。 Amusa(2021年3月14日)によれば、工芸家・デザイナー・アーティストの協同組合Onomaは設立から25年を迎え、旧製鉄所コミュニティの人口のおよそ3分の1が会員になっている。組合は設立25周年を記念してキュレーションされた展示会「TÄÄLLÄ I HÄR I HERE」を2021年5月から9月まで開いた(毎年開いているとは、参照した出典のどれにも書かれていない)。
第四に、集客イベントを定期的に開くこと。 Wallpaper(2019年5月21日)は、フィスカルス村で初めてのアート・デザイン・ビエンナーレが開かれ、デザイナーのJasper Morrison氏が18人の国際的なデザイナーに、村を流れる川沿いに置くベンチのデザインを依頼したと報じている。Nordic Labour Journal(2022年9月22日)は、11月には恒例のクリスマス市が開かれ、スローフード祭りも2年間のコロナ禍を経て再開されたと書いている。
第五に、元からの住民との軋轢に時間をかけて向き合うこと。 Nordic Labour Journal(2022年9月22日)によれば、移住した新しい住民と、工場で働いていた古くからの住民との間には当初、何を仕事と呼ぶかをめぐる隔たりがあった。Sairinen氏は、古くからの住民は自分たちと異なる文化や習慣を持つ新しい住民を訝しんでいたと振り返っている。同記事は、時間を経て古参住民も文化や観光を価値ある仕事とみなすようになったと書いている。
今どうなっているか
2022年9月時点で、フィスカルスは年間20万人超の観光客を集める工芸・デザインの村になっている。 Nordic Labour Journal(2022年9月22日)は、家具・宝飾などの作り手が根づき、年間20万人超が訪れていると報じている。Wallpaper(2019年5月21日)は、家具職人・彫刻家・陶芸家・ガラス職人・鍛冶職人・宝飾作家・グラフィックデザイナーを含む600人規模の職人コミュニティがあり、独自の醸造所・ジン蒸留所・薪焚きの共同サウナも備えていると書いている。
2021年時点で、職人協同組合Onomaは設立25周年を迎えていた。 Amusa(2021年3月14日)によれば、旧製鉄所コミュニティの人口のおよそ3分の1がOnomaの会員で、25周年を記念する展示会がフィスカルスの銅細工工房(Kuparipaja)で開かれた。
コロナ禍からの回復も報じられている。 Nordic Labour Journal(2022年9月22日)は、2年間のコロナ禍を経て大規模な集客イベントが再び始まり、スローフード祭りが早秋に再開できたと書いている。それより後の時期を確認できる出典は、今回の調査では見つかっていない。
出典
- Fiskars – the ironworks village that changed its spots - Nordic Labour Journal — Nordic Labour Journal(2022-09-22)
- Finnish village Fiskars opens new art and design Biennale | Wallpaper* — Wallpaper*(2019-05-21)
- Fiskarsin käsityöläisten, muotoilijoiden ja taitelijoiden osuuskunta Onoma juhlii 25-vuotisjuhlavuottaan | Amusa.fi — Amusa(2021-03-14)
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